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たむら電鉄 コンサル道中記

88ターン目「院の未来を決める3つのポジショニング戦略」

2017年06月08日(木)/ コンサル道中記

本日は88ターン目 前編『院の将来が決まる3つのポジショニング戦略』というテーマでお伝え致します。 「新規患者が来院するようになる2つの"ある理由"とは...?」などなど、役立つ+面白いをテーマにお届けします。音声でもお聞きいただけますし、ブログ形式で書き起こしもついています。では早速「サイを振れー!出発進行~!!」
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田村

こんにちは、田村剛志です。
田村剛志の「たむら電鉄」本日は第88ターン目をお送り致します。
本日も先週に引き続き私一人でお送りさせて頂きたいと思います。
それでは本日も「出発進行!」

先週は「エモーションとロジック」についてお話をしました。
この部分をもう少し細かくお話をしていきたいと思います。

患者さんが来院するにあたっては必ずそこには動機というものが発生してます。
みなさんの治療院に行くという決断、行動するにあたっての動機となる「欲求」というものが
存在しているわけですね。

この欲求なんですがすべての行動ですね。
何も治療院にくる、病院に通院するというだけではなくご飯を食べに行くとか旅行に行くとか
そういったものにもすべて欲求というものが絡んでます。

人の行動動機となる欲求には二つのパターンがあります。
一つは「苦痛からの脱却」つまり、つらいことから解放されたいという欲求ですね。
これが動機となっていることが一つになります。
もう一つが「快への欲求」と私は呼んでいるんですけど、もっと幸せになりたいとか
自分がこうあるべきだとか、自分はこういう風になりたいというものを実現したいとか。

治療院でいうと前者の「苦痛からの脱却」というのが痛みがある、つらい症状があるので
そこから解放されたい、その症状を治してもらいたい、その症状から抜け出したいというのが
「苦痛からの脱却」という部分の欲求になってくるわけなんです。

「快への欲求」というともっと運動パフォーマンスを上げたいとかダイエットをしたいとか
身体の歪みを整えてもっと見た目を綺麗にしたいとか、こういうものが「快への欲求」ですね。
つまり、「苦痛からの脱却」というのはそれ自体が達成されないと生活に支障があるもの、
快適な生活が送れないというものですね。

それに対して、「快への欲求」というものは無くても困らないもの、それ自体は無くても困らないけど
あることによってより自分の生活レベルが向上していくことに対する欲求と考えて頂ければと思います。
この「快への欲求」と「苦痛からの脱却」というものに関して、これ自体は私が個人的に考えた言葉、
私が創り出した言葉なんですが実はみなさんも学校の授業とかで習ったことがあるかもしれないですけどマズローの「五段階欲求説」というものにもこの考え方が反映されています。

私自身、この考え方は知っていたわけなんですけど最近になってようやくマズローの「五段階欲求」と
自分の考えとが合致することができました。

マズローの「欲求五段階」でいうと、一番下にある「生存欲求」といわれるもの。
ご飯を食べたいとかトイレに行きたいとか眠りたいとかという欲求、これが一番下の欲求で「生存欲求」などと言われているわけなんですけど、さらに安全欲求といって寒いのが嫌だとか暑いのが嫌だとか治療院にくる動機となるような痛いのが嫌だ、つまり快適に生きていきたい快適に暮らしたいという「安全欲求」という二番目の欲求。

一番下の欲求に「生存欲求」と「安全欲求」という欲求があるのですが
この二つの欲求を「物質的な欲求」とも言ったりします。

その上に「所属と愛の欲求」または「社会的欲求」と言われたりします。
誰かの組織・コミュニティに属していたい、社会に属していたい、誰かから愛されたいという欲求。
その上に「承認欲求」誰かに認められたいという欲求。一番上の五番目が「自己実現欲求」と言われるんですけど、三番目からの上の欲求は「精神的欲求」と言われていて、さらに四番目までのすべてを「結合欲求」といって足りないものを満たすというような欲求になっていると説明されています。

つまり、物質的なものの欲求というのは下から二つ「生存欲求」と「安全欲求」というのが
物質的なもの。
ここの部分が苦痛からの解放といわれるものですね、苦痛から脱却したいという欲求の部分。
その上の「精神的欲求」の部分に関しては「快への欲求」になっていきますね。

自分の精神的により豊かになりたいという感情の部分ですね。
無くても困らないけど、精神的により豊かになりたいという高度な欲求の部分があるわけですね。

私が何が言いたいかというと、治療院にとってこのどちらの欲求「苦痛からの解放」と「快への欲求」が
大きく分ければあるわけなんですが、どこまでの欲求を満たしていくべきなのか。
はたまたどこまでの欲求を満たしていく治療院になるのか、ということですね、    

これは非常に院のコンセプトまたはポジショニングという部分、自分の治療院というマーケットの中で
どのような立場を取るのかということに関して非常に重要な考え方になりますので、今回このタイミングで今一度考えて頂きたいんです。

治療院のポジショニングという部分に関して、私は三つのポジションでお話をしたりしているんですけど。
一つは大学病院、もう一つはブラックジャック、医療として考えた場合です。
大学病院なのか、ブラックジャックなのか、町医者なのか。この三つのポジショニングのうち、自分の院がどこのポジションを取るのかということをコンサルティングの中でもお聞きすることがあるんですね。

私も大学病院に行くことがありますけど、大学病院で言われることは
命の危機に関するような人達を対象にしてますということを仰ったりします。
つまり、大学病院というのは「安全欲求」の部分を満たす。

それが満たされないと生活に支障があるレベルのものを対象にしている風によく言われます。

症状はもう大丈夫という形になれば大学病院のお医者さんも「あとは町のかかりつけにかかってください」ということを言われたりします。
つまり、町のかかりつけ医というのは「安全欲求」つまり、安全が脅かされる状態でなくても行ってもいいよということですよね。ちょっと不安があったり、心配だったり、こういう時どうなんだろうと不安があった時に行ったりする。

大学病院は今まさしくそこに危機がある、安全が脅かされるような危機がある時に行きべきところ
という考え方ですね。でも、最後の一つにブラックジャックというのは大学病院でも解決できないような。
現代医学のスタンダードな治療では改善できないような所謂難病を扱っていくような治療院、このポジションということですね。

つまり、大学病院はそれが改善されないと生活に支障があるレベル「安全欲求」であったりとか
「生存欲求」というものが脅かされる、苦痛への解放というものを求める方々が行く場所である。
ですけど、比較的容易に「安全欲求」というのは満たされる場所。

だから、比較的すぐ改善できるけど安全が脅かされている方々が行くべきところ。
これに対して町医者は「安全欲求」は今現在、脅かされてはいないけれども、より安定した生活
つまり「精神的欲求」のレベルですね。

「所属と愛の欲求」であったりとか「承認欲求」であったりとか安心したいという精神的な部分
「快への欲求」というような部分を一部満たしてくれるポジションというものが町医者のポジション。
なかなか改善されない、「安全欲求」が容易には手に入らない、症状が容易には改善されないという方々。

大学病院に行っても町医者に行っても改善されなくて半分諦めかけているような方々が行くところが
ブラックジャックのポジションという風に考えて頂ければいいと思います。
 

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